突然、目の前が真っ白になり、悪夢ではなかろうかと震えた事があります。それは平成12年9月12日、激甚災害に指定された東海豪雨災害(水害)の日の朝の事です。
目の前の道路が新川堤防の決壊により川となり、工場が街が、褐色の泥流の中に沈んでいく様を私は茫然として眺めやるだけでした。何とか工場に入ろうと焦ってみても、既に水位が2メートルにも達し、とても近づける状態ではありませんでした。
「どうしよう・・・どうしたらいいんだ・・・」
何から手を付ければよいのか必死に考えようとするのてすが私の頭は空回りするばかりです。
ただ、ひとつ救いは、従業員の中に被災した者がいなかったことです。
「必ず立ち上がって見せるぞ! 負けてたまるか!」
僅かな救いを糧にして頭の回路を切り替えた私に、もはや迷いなどありませんでした。
泥水が引いて工場に入れるまで自宅待機するよう従業員に連絡することから、行動を開始することにしました。
次にしたことは、お客様への連絡です。取り急ぎ、被災前日までに生産した製品が工場からの取り出しが不可能になった状況をお知らせした次第です。
ほとんどのお客様から「信じられない」という反応しか返ってきませんでしたが、私には
「テレビかラジオで確認してください」
と答えるしかありませんでした。
しかし、被災したとはいえ製品の納期には関係ありません。納期に間に合わなければ損害賠償の請求があるかも知れない(災害時の損害賠償が請求不能であることを知ったのは、被災後ずっと後でした。)
ともかく今は、被災されなかった同業者の方々に改めて製品を作り直して頂けるよう、頭を下げて回ることが先決です。
しかし、近郊の同業者には中々良い答えを頂くことが出来ませんでした。当然といえば当然の話で、会社自体が被災されてなくとも、交通機関が完全に麻痺しているため従業員の出勤の見通しがまったく立たないからです。そうこうしている間にも、納期は間近に迫って来ます。
「とにかく何とかしなければ・・・」
私は、神に縋るような気持ちで、旧知の同業の社長や責任者の方に、ほとんど押し付けのような形で無理してお願いして、何とか無事に納期の通りお客様に納品する事が出来ました。しかもそれは、素晴らしい製品でした。
唯々、頓首・・・しかし弊社としては、復興するその日のために事業は継続して行かなければならず、例え赤字であっても他社に生産を依頼するしか生き残る術はありませんでした。
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